君の椅子
北海道東川町は、地場産業の旭川家具職人が有名デザイナーによる椅子を生まれてくる赤ちゃんひとりひとりに製作してプレゼントする「君の椅子」プロジェクトで有名だ。2006年にこのプロジェクトをスタートさせた松岡市郎町長が今年引退した。
椅子は出生届が出されてから製作に取りかかり、毎年デザインが変わる。ひとつひとつに番号、名前、生年月日がシリアルナンバーとして刻印され「世界でたった一つの椅子」としてプレゼントされるのだ。「ようこそ。君の居場所はここにあるよ」というわけだ。
「君の椅子」には、赤ちゃんをひとりの人間として人格、人権を尊重したいという思いと、東川の手作りの椅子を通じて子どもの成長を温かく見守りたいという願いの両方が込められている。このプロジェクトに賛同し参加する自治体は今では11までに増えているそうだ。
椅子を贈られた子供たちがこれから生きていく年月よりもずっと長い時間をかけて成長して来た木々の生命の循環を世代を超えて引き継ぐために、植栽事業「君の椅子の森」も2012年からスタートしている。
人口減で存続が危ぶまれる集落が続出する中、小さな北海道東川町は頑張っている。1994年以来移住者の人数が自然減を上回り、結果総人口が増え続けているのだ。2022年で年間40人ほどだが、それでも増加数は全道一だ。出生数が死亡数を下回る「自然減」は毎年続くが、旭川市や札幌市ほか首都圏や関西圏からも子育て世代が転入して人口増になっているという。
岸田内閣の「異次元の少子化対策」は、経済を支える労働人口を補うための産めよ増やせよ的なやり方が見え隠れし、ひとりひとりの子供の誕生を喜ぶ大事な部分が見えない。何が異次元だか分からない上に、財源に福祉関係費を当てることに反対意見が相次いでいる。
東川町の人口増年間約40人というのは、もうひとつ“適疎”という考え方から来る数字でもあるようだ。過疎でも過密でもない「適当に疎がある」という造語で、ゆとりある空間を重視し、「未来に向かって均衡ある“適疎”な町づくりを目指す」という松岡前町長の提唱した基本方針だ。子供の誕生の喜びを地域で分かち合う「君の椅子」も、そうした方針に基づいてスタートしたそうだ。
「3つの間(仲間・空間・時間)」をうまく確保することで人口減に対応すると町長はいう。いくら異次元でも、個人へのリスペクト無しに数だけを追った少子化対策は成功しない。
| 23.06.02