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倫理資本主義

新型コロナの感染拡大が続く2021年、『哲学界のロックスター』とも呼ばれるドイツの若き天才哲学者マルクス・ガブリエルが、壊れた世界の秩序を前に「倫理(ethics)が世界を立て直す」と「倫理資本主義」を提言して注目された。彼は環境破壊や貧困は、グローバル化する経済が利益を追求し過ぎた結果だと断じ、コロナ禍をきっかけに倫理や道徳が世界の価値観の中心に戻ってくると語った。
ガブリエルの提言とちょうど同じころ、2021年1月から3月まで、NHKのよるドラ『ここは今から倫理です』が放送された。20代を中心に異例の人気を誇る雨瀬シオリの学園コミックが実写ドラマ化されたものだ。日々価値観が揺さぶられる現代社会で、高校の倫理教師・高柳が生徒たちのさまざまな出来事に向き合う姿を描く。新時代のあるべき「倫理」を問うもので、ガブリエルの提言と呼応するように本気の学園ドラマとして注目を集めた。
ガブリエルはさらに「私たちの文明は開発速度があまりに早すぎた結果、人間同士の競争で地球を破壊した。2020年に起きたことは地球の最後の呼びかけだったのだ」と警鐘を発している。しかしグローバル化に成功した多国籍資本はコロナ禍でさらなる富裕層を産み出し、そこで得た利益をパンデミックで苦しむ人や国に分け与える気配はない。ガブリエルの警鐘は姿を見せない武器商人達に届いているのだろうか?
「倫理」という漢語は中国で生まれ、その思想とあわせて日本にも伝わった。「ethics」は古代ギリシャで生まれた、より個人主義的概念だ。私たちはいつのまにか英語の「ethics」を「倫理」と訳すことに慣れてしまったけれどニュアンスは少し違う。
今年実施された大学入学共通テストの「倫理」で、新語・流行語大賞トップ10に選ばれたこともある「親ガチャ」を連想させる出題があり話題となった。豪邸を目にした2人の高校生が、社会的成功を生むのは本人の「努力」なのか境遇の「運」なのかを議論する会話文が使われたのだ。現代が抱える社会問題を考える出題として興味深い。
日本人はその精神の根底において、法や制度が技術革新や社会の進展に追いつかない領域が生まれた時、より良い選択・判断をして行動していくための最終規範は「倫理」であると感じている。
日本の大学入学共通テストにおいて「倫理」が存在し続けることは、フランスのバカロレアにおいて「哲学」が最重要科目である点に通じ合うようで面白い。

| 23.01.20

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