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SNS万葉集

昨年10月に発売された佐々木良著「愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集 1」 だが、注文が殺到、在庫切れで現在第3刷の入荷待ちとなっている。万葉集20巻約4500首のうち約半数が恋歌だ。その中から若者の恋歌400首を“令和の若者言葉”や “奈良の言葉”に訳し、更に90首を選んでSNS感覚で一冊にまとめている。
万葉集は最も新しい歌が759年(天平宝字3年)の大伴家持の歌とされ、約1300年前の編纂だ。元々世代や身分を超えた様々な階層の多様な歌を集めているので、今も昔も恋する心は変わらないと現代の読者に感じさせるのだろう。予想外の売れ行きに著者も驚いているようだ。
表紙は万葉集を編纂した歌人・大伴家持が顔を赤らめスマホ片手に登場。「愛するよりも愛されたい」と思いを寄せる人にメッセージを送ったが、既読スルーされて3日が経過した場面だ。1300年前のいにしえの人々と感情の共有を楽しめるところが、この本の人気の要因なのか。
ヨーロッパでも晩年のベートーヴェンが約9年にわたって使用した筆談用の会話ノート「Konversationshefte」が出版されている。残存している139冊のうちの137冊がベルリン国立図書館の所蔵資料となっているが、彼が難聴になったことで後世の人々に筆談帳が残されたのだった。
ベートーヴェンの返答はほぼ口頭だったため部分的にだが、ベートーヴェンの気持ちを辿りその生涯に触れることができるのは興味深い。しかも生々しい日常のやり取りで、正に200年前のSNSを読むようだ。
万葉集は当時の教養人が日々の恋心を歌で伝えていたことから、細かい感情の起伏が歌われている。歌はコミュニケーションツールとして広く定着していたのだろう、短いながらも選ぶ言葉によって描かれる情景が異なり、ある種スリリングなやり取りだ。お互いに教養と高度な読解能力が必須な情報伝達手段なので、言葉の裏に隠された意味を推測できる者同士でないとコミュニケーションは成立しない。いわば暗号化された情報交換手段でもあったところが面白い。お互いの関係性を特別なものへと高める効果もあったと思われ、現代のSNSに通じるものがある。
それにしても1300年前と現代では人口も天文学的違いだが、人間の感情や教養はそんなに大きく変わってはいない。人類は常に“共感”を求めている。
ビッグデーター化される現代のSNSの膨大な情報は、未来にどんな共感と感動をもたらすのか。イーロン・マスクは大伴家持になれるだろうか。

| 23.01.13

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