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白いキリスト
イエス・キリストの降誕祭であるクリスマスシーズンだが、気のせいか最近あまり盛り上がっていない。戦争のせいか、コロナのせいか…。十字架上のキリストが「白いキリスト(白人)」として描かれてきたことに、歴史的見直しを迫る厳しい視線が注がれていることも大きく影響しているようだ。
キリストが生まれたベツレヘムは中東パレスチナにあり、アラブ系の人々が住む中心エリアだ。ユダヤ人の父ヨゼフと母マリアの間に生まれたJesus Christ(イエス・キリスト)はパレスチナ人だというのが必然、決してコケージョン(白人)ではない。ディアスポラ(離散)前のユダヤ人は白人との混血が進んでいないことも史実だ。
当時ユダヤ人はローマ人から激しい迫害を受け、キリストが時の皇帝ネロにより危うく殺されるところだったことも聖書にある通り。「救世主キリストの降誕」というレトリックは、ローマ帝国の締め付けに疲弊したユダヤ人がデモや反乱を先導する材料に使ったという見方もあるくらいだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に描かれるキリストは「白いキリスト」そのもの、時の権力者に忖度したのだろう。パレスチナ人であれば髪の毛は黒く、眼の色も青ではなく茶褐色に描かれるべきだからだ。しかしダビンチが生きた15世紀の神聖ローマ帝国にとって、「白いキリスト」を描写することが必須だったのだ。
反人種差別団体に属す市民活動家ショーン・キングは、「白いキリスト」は白人至上主義の擁護に使われているとして公共の場からの撤去を呼びかけ、そうした主張はBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動のニューヨーク地区責任者ホーク・ニューサムなどにも広がり "Jesus was not white. We all know this." と言わしめている。
英国国教会のカンタベリー大主教でさえ「白いキリスト」という描写の“再考”を呼びかけて大きな話題となっているのだ。
キリスト像はその力を象徴的に示すが故に時の為政者に利用されてきた。特に16世紀以降の植民地政策で西側諸国が世界をリードする中、「白いキリスト」は何の疑問もなく受け入れられてきたが、状況は変わった。
先入観は怖い。フランスは白人の国だと思っていたら、実態は25%以上が1世2世までの移民、しかもその半数が北アフリカから来ている。サッカーW杯決勝戦のフランス代表で白い選手は25人中4人しかいなかった。
ひたひたとアラブ・イスラム・アフリカ社会の力が強まっていることをカタールのサッカーW杯は世界に印象づけた。
| 22.12.23
BeReal
2017年に”インスタ映え”が新語・流行語大賞を取って以来、SNSは「如何に映えるか」が重要で、“映え” と共に進化してきたと言っても過言ではない。そうした中、2022年夏のAppストアでMetaやWhatsAppなど並み居る人気アプリを抜いて、突如「BeReal」がダウンロード数No.1に躍り出た。
「BeReal」はAlexis BarreyatとKevin Perreauが2020年にフランスで創業した、画像共有ソーシャルアプリだ。重要視するのは投稿内容の真正性(Authenticity)、つまり「ありのままの自分」を表現することだ。
これまで“映え”重視のキラキラしたフェイク動画や写真とリアルな現実とのギャップに悩む「SNS疲れ」を感じていた人も多かったようだ。「BeReal」では投稿は1日に1回しか許されず、アプリから通知が来たタイミングで2分以内に写真を撮ってシェアしなければならない。フィルターなどの機能は無く、写真はスマートフォンのインカメラとアウトカメラだけで撮影するため、ユーザーがその瞬間どんな表情で何を見ているのかが生々しく写る。しかも公開されるのは友人間のみで、投稿されると前の投稿は消えていく。この潔さが“映え”に疲れた若者の心を掴んだのだ。
化粧品メーカーのマンダムが2022年3月に日本の15歳から29歳女性を対象にSNS用写真について調査したところ、ビューティ系アプリで自分の顔画像を加工する女性が8割以上だったそうだ。またデジタルネイティブの10代はコミュニケーションや情報収集などをSNS上で活発に行っており、対面コミュニケーション以上の時間を費やしている。そうなるとSNS上で加工された自分も自分だが、リアルの自分とSNS上の自分を近づけたいと思うのも自然だろう。加工した写真ばかりでなく現実の写真も残しておけばよかったと後悔することもあるようだ。
「BeReal」の注意書きには「これで有名になることはできない。インフルエンサーになりたければTikTok や Instagramでどうぞ!」と書かれている。時にはみっともない姿もさらす「BeReal」の流行は、せめて親しい友人にだけは「本当の自分をわかってほしい」というデジタルネイティブ世代の心の叫びなのか。
加工された“映え”がリアルでは生きづらい人々を救ったと思われたのも束の間、メタバースで生きるのも大変なのだ。最後はやはり「Real」に戻るのだろうか。
| 22.12.16
ベニクラゲ
人類が太古より探求してきた不老長寿に関する最新の知見をまとめた『不滅のクラゲ(Jellyfish Age Backwards)』が今話題だ。著者であるコペンハーゲン大学の分子生物学者ニクラス・ブレンドルグは、人間の寿命を200年、300年にすることは不可能ではないと断言している。その根拠として注目しているのが「ベニクラゲ」の生態だ。
「ベニクラゲ」は命の危機を察知する度に若返るのだという。「死ぬ」代わりに「ポリプと呼ばれる幼体に戻り」、また同じように生まれ直して成長して戻ってくる。これを一度ではなく何度も繰り返しているというのだ。
「同一の遺伝子=同一の個体」という原則に基づいて何度も若返るというのがベニクラゲの「不老不死」の解釈で、自分のクローンを新陳代謝で作るメカニズムの研究が「人類の不老不死」の開発に繋がると考えられている。
一方9月11日に放送されたテレビアニメ『サザエさん』に、世間はにわかにザワついた。一家の長である波平が自分の年齢を54歳だと言ったことで、SNS上では「そんなに若いの?」「えっ福山雅治とひとつ違い!?」「もっと年でしょ」と当惑の声があがったのだ。
サザエさんの原作は昭和21年、そして家族の見た目は当時のまま放送が続いてきたので波平は年をとらず、シナリオは令和4年の現在を描く。そこにギャップが不思議な安心感として醸し出されるのが人気の元なのか。
「不老不死」のうち「不老」は化学の進化によってかなり実現された。栄養・健康状態の改善などで、70年以上前に54歳の波平と現在53歳の福山雅治とでは当然大きく見た目が違う。「不老」は急速に達成されてきたと言える。
またグーグル創業者のラリー・ペイジやアマゾン創業者のジェフ・ベゾスらシリコンバレーの成功者たちは、「不老不死ビジネス」に次々と惜しげもなく投資している。今後分子レベルを超えた細胞ベースの治療法が出回り、超富裕層はその効果を真っ先に試すだろう。ビリオネアは何百年も生き、それ以外の庶民は平均寿命で終わるという時代が来るのか。
そういえば昔若くて話題になった米国大統領も、最近は結構な年で再選を狙っている。先ごろ亡くなった中国の元国家主席やマレーシアの元首相も100歳に届くかという年齢だった。日本の連立与党を支える某宗教団体の指導者に至っては既に「不死」の段階に入っているとも聞く。
人間の「ベニクラゲ」化とは不死身となることではなく、自分や周囲の意思で寿命を延ばすかどうかを決める?ことなのかもしれない。
| 22.12.09
ヌン活
その年最も話題となった言葉を選ぶ「現代用語の基礎知識選 2022ユーキャン新語・流行語大賞」のノミネート30語が発表された。今年は特に「ヌン活」に興味を惹かれる。
「ヌン活」とは奇妙な言葉だ。直ぐに何を言っているか分かる人、特に男性はわずかだろう。ホテルのラウンジやお洒落なカフェで、プレートに盛られたプチフールやサンドイッチをつまみながらゆったりと友達同士お喋りを楽しむ“アフタヌーンティー活動”の略称だそうだ。
以前から女性たちに人気があった有名ホテルのアフタヌーンティーは、コロナ禍でお酒が制限される中でもしっかり生き残り、さらに進化していた。日本で初めてアフタヌーンティーを始めたとされるホテル椿山荘では、新メニューが発表されると瞬く間に席が予約で埋まるという。
「ヌン活」の担い手は明らかに生活に余裕のある“女性”たち。日本マーケティング研究所が全国の20才から69才の女性5,963人対象に2022年1月に行った調査では、アフタヌーンティーの全国推計市場規模は約2,652億円に上ると予測されている。
女性たちが自分の時間を最も充実させたいと考える時間帯は11時から17時で、フルタイム勤務の女性たちは週末に、専業主婦は平日の日中にそうした活動を行っている。亭主が引退して在宅時間が長くなるとその生活は崩壊するようだが…。
彼女たちは贅沢をしたい気持ちが溜まると、優雅な時間を過ごすことで自分を癒してきた。コロナ禍ではアルコールを伴う飲食が制限され、許された時間内での「ヌン活」がますます貴重になっているようだ。
そもそもアフタヌーンティーとは、英国が最も発展したヴィクトリア朝時代に、侯爵夫人たちが持て余す午後の時間を世界中から集まるお茶やお菓子で優雅に過ごすために始め、それがやがて上流階級の社交の場になったものだ。現代のコロナ禍においても、日本のアフタヌーンティーはその優雅さで特別貴重なお喋りの場を作りだしたのだろう。超高級ホテルほど予約が取りづらいそうだ。
日本文化には“コンパクト化”して美を昇華させるという特徴がある。食においてはお弁当がその最たる例だが、「ヌン活」にも似ているところがありそうだ。工夫を凝らした美しいお菓子の“小宇宙”に、茶の湯の文化に通じるものがある?
現代の優美な時間を彩る爛熟した「ヌン活」には、日本の女性が実は社会進出したくない秘密も隠されていそうだ。日本のプチブル専業主婦は、世界で最も優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいるのかもしれない。
| 22.12.02