trendseye
スーパークローン
昨年4月に長野県立美術館(長野市)では、法隆寺の国宝・釈迦三尊像の「スーパークローン」が初公開された。オリジナルが制作された623年当時の姿と同じく完全な釈迦三尊像として黄金色に輝き、実物では欠損していた中尊頭部の螺髪(らほつ)や眉間の白毫(びゃくごう)も完全復元されている。さらに同時代の制作物や美術史の研究をもとに、脇侍(きょうじ)の位置は左右入れ替えられ、大光背の周囲にあったとみられる飛天も加え、法隆寺創建当時とほぼ同じ仕上がりだという。
「スーパークローン」とは、最新のテクノロジーや専門的な知見、伝統美術の職人芸を組み合わせる画期的な方法で貴重な文化財を劣化する以前の状態に戻したものを指し、単なる複製(レプリカ)とは全てが違う。宮廻正明東京藝術大学名誉教授は、同大の「革新的イノベーション創出プログラム(COISTREAM)」で最新のデジタル撮影技術や、2次元3次元の印刷技術を融合させることで、文化財を高精度・同質感で再現する特許技術を生み出している。この新しい技術を使い「芸術のDNA」に至るまでも復元された文化財はクローン文化財とも呼ばれている。
古代の文化財は歴史的に貴重なものであるが、状態を損なうことなく後世に残すベストな方法は、矛盾するが「一般に公開しないこと」なのだという。そこで「スーパークローン」をつくることで、展示と保存を高次元で両立させ、本来国外に持ち出せない国宝級の美術品も、海外でも展示会を行うことができるわけだ。
エジプトのカイロでも「スーパークローン」が作られている。現在岐阜県高山市の光ミュージアムで開催中の「古代エジプト展」に展示されているツタンカーメン王の黄金のマスクと副葬品がそれだ。ミニア大学のムスタファ・マフムード・エル・エザビイ教授によって開発された技術で、カイロ博物館公認の工房で作られた。彼らは「スーパークローン芸術」と呼んでいる。
2022年はハワード・カーターによって発掘(1922年)されてから100年目の記念すべき年だ。ツタンカーメン王の黄金のマスクはその動員力で世界的に有名だが、過去の巡回中の事故が祟って現在エジプトからの持出が禁じられている。世界中からの巡回展の要請に基づいて、現在「スーパークローン」が3組存在する。光ミュージアムのはその内の一つだそうだ。
今後展示される国宝級の文化芸術作品は殆んどが「スーパークローン」として更に精巧なものとなり、オリジナルは美術館の奥深くに保管されることになるのだろう。
| 22.06.24
モンスター配信
6月7日にさいたまスーパーアリーナで行われたプロボクシングバンタム級世界3団体統一王座決定戦は、WBA・IBF王者の井上尚弥がWBC王者ノニト・ドネア(フィリピン)を2回1分24秒TKOで下し、日本選手初の3団体統一王者となった。文字通りモンスター井上尚弥の圧勝劇で、世界中から大きな反響を呼んだ。
今回の井上・ドネア戦は地上波テレビではなく、会員制ネット動画配信サービス「アマゾンプライムビデオ」のみで生配信された。アマゾンジャパンによると、視聴数は日本でサービスを開始した15年9月以降最高をマーク、プライム会員の新規登録数も予想を遥かに上回ったそうだ。
ネット配信を通じたモンスター井上尚弥のインパクトがどれほどのものであったかは、試合後ボクシング界で最も権威ある米国の老舗専門誌「ザ・リング」が、全階級を通じて選定する最強王者ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」に井上を日本人選手として初めて1 位に選んだことでも明らか。ボクサーとして世界最強であり、商品価値もまた世界最高だと認められたのだ。過去にはマイク・タイソン(米国)やマニー・パッキャオ(フィリピン)が選ばれている。
井上の試合が2戦連続地上波テレビで放送されなかったことに既存のテレビ局はやきもきしているが、関口宏は自身がMCを務める番組で、2回TKO勝ちで終わった試合に、「だけどね、テレビ局は困っちゃうんですよ。早く終わっちゃうんで」とコメント。テレビ制作側から地上波放送が既に蚊帳の外である実態を露呈した形だ。
広告収入に支えられる「無料放送」の場合、高視聴率が予想されスポンサーがつく確証がないと、破格のファイトマネーや高騰した放映権料を払いきれない。その結果、海外のスポーツ中継では有料映像配信サービスDAZN(ダゾーン)などによる視聴が定着し、日本でもプロ野球の一部やサッカーJリーグなどが既にネット配信に移行している。
一方で英国のように、国民の関心が高い大会や試合を有料放送で独占中継することを禁じている国もある。スポーツに「公共財」としての価値を認め、五輪やサッカーのワールドカップ、テニスのウィンブルドン選手権決勝など「Crown Jewel」と呼ばれる注目イベントは、BBC放送などテレビ地上波で生中継される。これも見識である。
有料か無料か?ネット配信か地上波テレビか?モンスター配信が日本の映像配信の未来を決める分岐点になったようだ。
| 22.06.17
産前産後ケアホテル
清水寺や三十三間堂にほど近い京都市東山区清水五条エリアに、今月「産前産後ケアホテル ぶどうの木 京都院」がオープンした。
「産前産後ケアホテル」とは聞きなれない施設名だが、母子のケアのスペシャリストである助産師が24時間常駐し、特に産後のお母さんの心身の回復を促すヨガや骨盤ケア、アロマオイルトリートメントなどを施す施設だという。プレオープンの段階から注目され、全国から集まった問い合わせが産後ケアへの関心の高さをうかがわせた。
現代でも「出産は女性が頑張るもの」という風潮がある日本だが、アジア諸国やヨーロッパなどでは既に『産後ケア施設』の利用が“当たり前”の国もあり、日本は先進国とは言えないようだ。
お隣り韓国では格差社会が進んでいることが功を奏し?、レベルの差こそあれ出産から産後までケアすることが当たり前になってきているらしい。お産の後はケアハウスへ入所するというのが一つの流れで、実家の親がケアハウス費用を負担することも多いと聞く。セレブリティ向けのリゾートタイプからコミュニティ型の庶民派タイプまで、さまざまな産後ケア施設が充実している。
ソウルの高級住宅地にあるサヌチョリウオン(産後調理院)「LA MADORE(ラ・マドレ)」は、出産予定日が分かり次第申し込まないと予約できないほどの人気だそうだ。医療面と産後ケアの両面から、専門的な知識を持つスタッフがママと赤ちゃんの生活をサポートしてくれる。
一方日本でも、妊娠から子育てまで切れ目のない支援体制の構築を目指して、フィンランドで実施されている「ネウボラ(相談)」から着想を得たワンストップ拠点「子育て世代包括支援センター」が2016年に開設された。現在、全国で9割を超す1603市区町村で稼働しているが、何故かあまり話題になっていない。
フィンランドでは妊娠中から子どもが小学校に就学するまで、各地区で妊婦1人に1人の常駐担当保健師がつき、同じ人が継続して支援する。日本ではまだそこまで行っていないようだ。
とは言うものの4月から不妊治療に対する公的保険の適用範囲が拡大、男性の育休取得の強化や産休の男性版ともいえる「出生時育児休業」の新設など、少子化対策も徐々に進みつつある。
何の不安も無く出産育児できる「産前産後ケアホテル」的機能が普及するには、更に高い税率を持って北欧型ケアを目指すか、いい意味で格差社会を利用してアジア型で行くか?
いいとこ取りしたい日本は、遅々として結果を出せないのだろう。
| 22.06.10
アイムドーナツ?
近頃、フレーバーバリエーション豊かにカラフルなドーナツを並べる店があちこちに誕生し、行列ができている。第三次ドーナツブームとも言える現象だ。
東京・中目黒駅の「I’m donut ?」は、福岡・六本松で人気を誇るベーカリー「AMAM DACOTAN(アマムダコタン)」がオープンしたドーナツ店だ。オーナーシェフ・平子良太氏はマリトッツォブームの火付け役としても知られている。
2020年に池袋の住宅街にオープンした「Racines Bread & Salad」もいつも行列が絶えない人気店だ。季節のフルーツ入りソースをかけた、ふわふわで滑らか、くちどけがよいドーナツを都内4店舗で1日平均5000個売り上げる。週末には午後2時過ぎに売り切る人気ぶりだ。
今回のブームは、ブリオッシュの発酵生地を使ったふわふわなドーナツと、豊富なソースバリエーションが特徴だ。ドーナツがアメリカでチェーン展開され始めたのは第二次世界大戦後の1950年前後だが、ケーキ生地を揚げたミルクドーナツで大流行し、戦後世界中に「栄養のあるおやつ」として広まった。当時アメリカでは「主食」として朝食に食べる人も多く、エルビス・プレスリーの大好物として一躍注目を浴びた時代でもあった。
日本へは1971年にダンキンドーナツとミスタードーナツが上陸して競い合う。ダンキンは百貨店資本が経営、凝りすぎて1998年には撤退してしまったが、ミスドは本格的コンビニスイーツの猛追を受けながらも、日本人に合わせた独自色のあるフランチャイズで生き残っている。その後2006年には「クリスピー・クリーム・ドーナツ」が上陸しているが、プロモーション過多でパッとしなかった。
これまでのドーナツはアメリカからの直輸入でカロリー過多、不健康なイメージが強かった。第三次ブームのそれは、日本人シェフやパティシエの技術によって味わい豊かで健康にも優れた食品として生まれ変わっている。さらにラシーヌをはじめとするドーナツ店は、食材ロスを抑えたり国産のオーガニックな食材を使ったりと見えない努力を重ねている。
北海道の食材を使う学芸大学の「HIGUMA Doughnuts」や、ヴィーガン100%のベーカリー、下北沢「Universal Bakes Nicome」のドーナツも人気だ。高質で食感もよく、健康志向でファッション性もある、その上で人類が直面する社会問題にも対応しようとしているのだ。
ドーナツから世界の食が見えるようだ。たかがドーナツと言うなかれ!
| 22.06.03