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もう一つの世界
メタバース(仮想現実) をよりリアルに体験できる個室型VR空間「メタキューブ」のコンセプトモデルが最近発表された。VR技術がもたらす臨場感は限りなく進化し、目の前で起きていることがテクノロジーによって媒介されているという事実を一時的に忘れ、「もう一つの世界」にいるような感覚になるそうだ。
開発したブイキューブ社は、1998年に学生ベンチャーとしてインターネット利用のテレビ会議システムを開発し、それまで高額だった通信利用のシステムを安価かつ利便性のあるものとして急速に普及させ、短期間に上場した会社だ。
「メタキューブ」は、室内の壁面3面に映像コンテンツをシンクロ投影することで、自分がいる空間そのものがメタバースの世界に没入していく感覚が味わえる。CGの世界は勿論、将来的にはカメラさえ入れるならば、人体だろうが宇宙だろうが深海だろうが人類が行きたいと思ったところに連れて行ってくれそうだ。勿論ゲーミングの世界でも更なる利用価値が出てくるだろう。
1966年公開の「ミクロの決死圏」に始まり、1982年「ブレードランナー」、1990年「トータルリコール」、1999年「マトリックス」と、人類は未知の「もう一つの世界」への探究心を持ち続けてきた。そして2009年に公開されたジェームズ・キャメロン監督の「アバター」では遂に、本格的に異次元の「もう一つの世界」に入り込む概念を完成させ大ヒットとなった。
2021年に満を持して発表されたラナ・ワチャウスキー監督の「マトリックスレザレクションズ」では、ゲームクリエイターは万物の創造主「神」になるのか!?と思わせた。
英紙「メトロ」は仮想空間には3つの要素が必要であると指摘――ユーザーが別の環境にいるように感じる「没入感」、バーチャル環境における能動的な「心理的存在感」、バーチャルボディ(アバター)が実際の肉体のように感じる「具現化」だ。
進化を続けるVRだが、いいことばかりではない。メタバースにアクセスできるアプリ「Horizon」が公開されてからわずか2ヵ月で、集団レイプを受けたとの被害報告などバーチャル空間でのセクハラ被害が多数報告されている。
イギリス版「ヴォーグ」誌でも、2021年12月に「デジタルヘイト対策センター」(CCD)が行った調査で、メタ社の「バーチャルリアリティに関するポリシー」に違反する行為の多発が露呈したと報じている。
人類は現実の世界とは別に、「もう一つの世界」を手にすることになるのか、「マトリックスリザレクションズ」を地でいく時代がもうそこまで来ている。
| 22.05.27
ととのう
新型コロナウイルス禍の中、サウナへの注目が集まっている。昭和30年代後半、平成初期に続き、今は第3次ブームの真っただ中だそうだ。コロナの感染拡大を背景に個室型やテント型まで登場している。2021年の「新語・流行語大賞」にサウナ愛好者が使う「ととのう」という言葉がノミネートされたほどだ。
サウナ→水風呂→休憩を3回ほどくりかえすことで訪れる一種のトランス状態のことを「ととのう」というらしい。マラソンでも苦しい時期を乗り越えると突然ふっと身体が軽くなり、「今ならどこまででも走れそう」という「ランナーズハイ」が訪れる瞬間がある。さしずめサウナ版「ランナーズハイ」が「ととのう」という状態のようだ。
サウナと水風呂交互の温冷刺激によって、脳内で「β-エンドルフィン」「オキシトシン」「セロトニン」という3つの物質が分泌されることが分かっている。「β-エンドルフィン」はモルヒネと同じような物質で、鎮痛効果や気分の高揚・幸福感が得られる“脳内麻薬”だ。「オキシトシン」はストレス緩和、「セロトニン」はうつ症状の改善や精神安定の効果がある。これらの分泌が「ととのう」という状態を作り出すのだろう。
ところで「サウナ」は世界中で最も有名なフィンランド語だとも言われている。それだけフィンランドの文化には蒸気浴が深く根付いている。
フィンランドのサウナでは、テレビやスマートフォンなど人を追い立てるようなデジタル機器から離れて、「無」になる時間を仲間と共有する。質素な狭い部屋の中で日々の緊張から解き放たれ、心をととのえて黙々と汗を流す。これは狭い茶室で心をととのえ、自然や精神の変化を楽しむ日本の茶道にも通じる!?日本の「ととのう」という感覚と、フィンランドのサウナで心が解放される状態は、狭い部屋の中で隣人と空気を共有して生まれるという共通項はある。
フィンランドでは今、1300kmにわたるロシアとの国境が穏やかではない。そしてNATOへ加盟しようとしている。この流れはスウェーデンをはじめ他の北欧諸国に伝播しつつある。これまで東西の政治的緩衝帯として中立を保ってきたフィンランドの役目が失われる。
日本の茶室は刀を使えないように意図的に狭く設えられているが、フィンランドのサウナ空間も裸で付き合う狭い空間だ。
フィンランドはNATOという「刀」を選択した。これで世界は「ととのう」機会を失うのか?「フィンランディア」を作曲したシベリウスが泣いている。
| 22.05.20
ベイビー・シャーク
韓国の教育エンターテインメント会社SmartStudyが2016年6月に立ち上げた知育ブランド「Pingfong」が、楽曲「ベイビー・シャーク」を振り付けつきアニメで多言語化して公開したところ、YouTubeやTikTokを通して韓国内のみならず世界中に瞬く間に広まった。
結果「ベイビー・シャーク」の再生回数は、2022年1月14日時点でYouTube史上初の100億回を達成。これはピコ太郎のPPAPの約100倍、地球上のすべての人が1.3回この動画を見たことになり、虜になった子供や親が何百回もこの動画を視聴したことを意味している。アジア発のコンテンツとして画期的だ。
「ベイビー・シャーク」の原曲はドイツの童謡といわれるが、作者不詳。Pingfong版が受けたのは原曲にK-POPのリズム要素を加え多言語対応させたからだとされるが、それだけだろうか?
「Baby shark, doo doo doo doo doo doo.・・・」というフレーズは口ずさみやすく、一度聴いたら頭から離れない。幼児とその保護者が聴いたり歌ったりする幼児ソングなのに、これほどの再生回数を記録するともはや社会現象だ。
今では11言語100以上のバージョンが公開されているそうだ。韓国語の曲名は「アギサンオ」(サメの家族)、日本語版の曲名は「サメのかぞく」となっており、歌詞にはベビーからパパ、ママ、グランマ、グランパとサメの家族が続く。英語“shark”の発音は周波数が1万5000Hzの高音で、注意を引きつけ心を掴むらしい。これもヒットの要素だろう。
一方IKEAのサメのぬいぐるみも世界的ヒットになっている。椅子に座って食事をしたり、衣服を身につけてオシャレしたり、オフィスに並んで会議をしたりと、多くのユーザーがサメを擬人化して様々なシチュエーションで楽しんでいる。こうした楽しみ方に火をつけたのは意外にもロシアだ。美女が抱えていたり、飼い猫を噛ませていたり、微笑ましいサメの写真がロシア発でヒットした。
凶暴なサメをぬいぐるみにして脇に置くと、その鋭さは失われ可愛らしさが増す。半開きの口と遠くを見つめる目、投げ出された胸ビレが何とも言えない表情を生み出し、脱力感のあるシュールな姿に「一緒にいると落ち着く」といった声が聞こえてくる。
ちょっと前までプーチンは親日家として日本でも人気があった。強いものに惹かれる深層心理が「ベイビー・シャーク」のヒットの裏にあるとしたら、プーチンはサメなのか?
| 22.05.13
神棚アプリ
先日亡くなった米国第64代国務長官マデレーン・オルブライト女史は、チェコ出身の民主党員で初の女性国務長官になったことで知られる。彼女が「ピュー・グローバル・アティチューズ・プロジェクト (Pew Global Attitudes Project)」という調査機関を運営していたことは余り知られていないが、様々な問題に関する世界の人々の意見を知ることを目的とした、この機関の公開意見調査は有名だ。
2018-19年に米国の成人対象に「自分が信じる宗教は何か?」という調査が行われたが、「キリスト教」と回答した人は65%で10年前と比べ12ポイント減少。逆に「無神論」と答えた割合は前回の17%から9ポイント増え、26%にもなったそうだ。
米国のキリスト教はプロテスタント系がメジャー、ケネディやバイデンのようなカトリック系はマイナーで、無神論者のほうが明らかに多くなったのだ。しかも20代30代は日曜日のミサには行かず、旧来の信者のつながりよりもネット(SNS)上のコミュニティを求める傾向があるという。アップルやグーグルなど大手IT企業で従業員の教育に瞑想が取り入れられ、マインドフルネスや禅への関心が高まっているのもその現れだろうか?
日本国内の神社ではインターネットを使った宗教活動はまだタブーとされる。しかし同じ神社でも諸外国にある神社、例えば米国の「椿大神社(Tsubaki Grand Shrine of America)」や「出世稲荷神社(Shinto Shrine of Shusse Inari in America)」などでは、独自のオンラインコミュニティが形成されている。神事や祭典をライブ配信し、行事予定をSNSで発信して活発に活動しているようだ。
外国人の場合、もともと日本の大衆文化やメディアを好きになったことがきっかけで“神道”に興味を持つ場合が多い。神道は日本文化をより深く理解するための手段でもあり、アニメやビデオゲーム、武道、観光などと同列で神道に出会うとも言える。
他の組織宗教と異なり、神道には「創始者、教義、聖典」がない。そのためヒエラルキーや教義に縛られることなく、個人的に心に響くことを優先できるところに「スピリチュアルだけれども宗教的ではない」魅力を感じるようだ。神道が“儀式”に重点を置いていることも高く評価されている。戦後、神社は国家神道から切り離され、民間の宗教法人として多様性を持つ公共的な役割を担うようになった。
「神棚アプリ」が原始神道として「無宗教」と答えた米国人の心を掴むのも時間の問題だろう。
| 22.05.06