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没入型展示
アルフォンス・ミュシャの作品をデジタルアートで蘇らせる世界初の展覧会「動く、ミュシャ展『iMUCHA IMMERSIVE EXHIBITION』」が、今年の夏、パシフィコ横浜で開催される。
同展はミュシャの展覧会というより、ミュシャの故郷であるチェコを拠点に活躍するマルチメディア・プロデュースチーム iMUCHA Productionの展覧会だ。横浜での開催が世界初となる。
会場ではミュシャの作品群と、民族と歴史を写実的に表現した「スラヴ叙事詩」の世界観を表現。 最先端のデジタルアート技術とオーケストラ音楽を融合させ、作品に生命を宿したような生き生きとした雰囲気を創出することを狙っている。
昨年北米16都市巡回で行われた「Immersive Van Gogh」(制作はフランス系カナダ人マチュー・サン=アルノーと、モントリオールのノアマル・スタジオのチーム)が没入型展示の代表だ。ニューヨークの会場はイーストリバー沿いのピア36で、およそ7千平方メートルの会場内に投影されるゴッホの作品を音楽と共に鑑賞することができた。
日本でも2001 年から活動を開始したデジタルアーティストであるチームラボは、「没入型展示」でよく知られている。代表の猪子寿之の他、アーティスト、プログラマー、エンジニア、CG アニメーター、数学者、建築家など様々な分野のスペシャリストで構成されている。「ミラノ万博 2015」日本館での「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」は評判を呼び、その後シリコンバレーをはじめ世界各地を巡回した。ただ見ることを超えて、メディアアートとして見る人の五感に訴えかけてくるのだ。
「人間にとって実像とは何なのか」を問いかける「没入型展示」だが、日本では既視感がある。室町時代から江戸時代まで長期にわたり日本画の世界に君臨した画派 狩野派の遺した「襖絵」は、正に現代の「没入型展示
」デジタルアートに通ずるものではないだろうか。伊藤若冲も狩野派に学んでいた。
安土桃山時代の狩野派4代目絵師で織田信長に愛された狩野永徳が、その父松栄と共に京都大徳寺のために描いた聚光院本堂障壁画46面は、46面すべてが国宝だというから凄い。大胆さと繊細さが同居するその画風は息を呑むほどに美しい。
織田信長が現代に安土城を築いていたら、きっとデジタルアートによる「没入型展示」で城を埋め尽くし、世界の客人をもてなしたに違いない。
| 22.03.25
ひまわり
ソ連時代のウクライナを舞台に、戦争で引き裂かれた夫婦の悲恋を描いた映画「ひまわり」が、神奈川・横浜シネマリン、大阪・シアターセブン、新潟・高田世界館などで緊急上映されることが決まった。
「ひまわり」は、ネオレアリズモの名匠ビットリオ・デ・シーカ監督作で1970年に初公開された。イタリアを代表する名優ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが共演、ヘンリー・マンシーニによる甘く切ないテーマ曲にのって、互いに思い合いながらも戦争で別れざるを得なくなった夫婦の葛藤と哀しみが伝わってくる。日本でも大ヒットし、恋愛映画の金字塔を打ち立てたと言われる作品だ。
第二次世界大戦下、夫アントニオは厳しいソ連の最前線に送られ行方不明になる。終戦後、妻ジョバンナは夫を探しに単身ソ連へ渡る。しかし広大なひまわり畑の果てに待っていたのは、ロシア人と結婚し子どもにも恵まれた夫の幸せそうな姿だった。
物語の舞台となった有名なひまわり畑のシーンは、ウクライナの首都キエフから南へ500キロほどのヘルソンで撮影されたものだ。現代のウクライナでも、ロシア軍の侵攻が始まると、SNS 上では50年前の映画さながらにひまわりの絵や写真で平和を祈る投稿が相次いだ。ひまわりはウクライナの国花でもある。
世界で一番有名な反戦歌とも言われるフォークの楽曲「花はどこへ行った」もウクライナで生まれた名曲だ。アメリカのフォーク歌手ピート・シーガーの代表曲をピーター・ポール&マリーがカバーして大ヒットした。ミハイル・ショーロホフの「静かなドン」に登場する、ウクライナと南ロシアにまたがる軍事共同体コサックの民謡がベースになっている。
日本でも加藤登紀子はじめ多くの歌手によって歌われる。「花はどこへ行った、少女が摘んだ」という歌詞に始まり、「少女はどこへ行った、男たちのもとへ嫁いでいった」、「男たちはどこへ行った、兵士となって戦場へ行った」、「兵士はどこへ行った、死んで墓に入った」、「墓はどこへ行った、花で覆われた」と続く。途中「彼らはこの悲劇をいつ学ぶのでしょう?」と投げかける。
プーチンにとってのウクライナも、戦争で引き裂かれ行方不明になった夫アントニオのような存在なのではないだろうか?彼が広大なひまわり畑の果てに見たのは、愛してやまない珠玉のようなウクライナの大地と人民が、ソ連邦崩壊で自由主義諸国の一員として幸せになっていく姿だ。
一緒に苦しみを分かち合えると思ったウクライナへの、やりどころのない愛の裏返しがあるのだろう。
| 22.03.18
マクロスセキュリティ
あまり知られていないが、2月1日から3月18日までは内閣府主導の「サイバーセキュリティ月間」らしい。今年は40周年を迎える人気ロボットアニメ「マクロス」とタイアップ、そのキャラクターを使って展開している。
内閣府によると「サイバーセキュリティ月間とは、誰もが安心してITの恩恵を享受するために国民一人ひとりがセキュリティについて関心を高め、サイバー攻撃から身を守るようになるための普及啓発活動」とのことだが、「マクロス」にあやかった啓発活動は「春の交通安全週間」のようであまり緊張感がない。
これまでもタイアップ先に「約束のネバーランド」(19年)、「ソードアート・オンライン アリシゼーション 」(20年)、「ラブライブ!サンシャイン!!」(21年)を選ぶなど、なぜかアニメとのコラボ企画が多い。
今年はその真っ只中の2月24日、ウクライナに対するロシアの軍事侵攻が始まった。サイバー空間にも数多くの民間人やハッカー集団が加わって、あたかも世界大戦の様相だ。いくつものハッカー集団が名乗りを上げてロシア国防省などの政府機関や銀行、同盟国のベラルーシに対し大規模な攻撃を仕掛けている。
ウクライナ政府も、民間のサイバーセキュリティ専門家に重要インフラ防御とロシア軍へのサイバー攻撃支援を要請、世界中から500人近くがすでに参加(参戦?)しているという。
国際ハッカー集団「アノニマス」も軍事侵攻直後にTwitterでロシア政府へのサイバー攻撃を宣戦布告、クレムリンや国防省、ロシア国営テレビ局「RT」のウェブサイトをダウンさせたと戦果を発表している。こうした事態の煽りかトヨタの主要取引先が巻き込まれ、結果トヨタは国内の全工場を停止する羽目になった。
NATO諸国や米、中、露、イスラエル、北朝鮮といった国々は高度なハッキング能力で、これまでもそれぞれがサイバー空間での戦いを展開してきている。
サイバー攻撃は直接的に人命を奪うものではないが、米国はサイバー空間においても先制攻撃を禁じる国際法に則るべきだと主張してきた。しかしロシアと中国は米国の主張を全面的に拒否している。
こうした国際情勢の中、日本の呑気な「マクロス」キャンペーンには浮世離れしたズレを感じる。内閣府の「サイバーセキュリティ」意識は、サイバー空間でも日本は四方を海に囲まれていると考えているかの如くだ。
国民とその生活をサイバー攻撃から守ろうという時に、何か防空頭巾をかぶる訓練をしているような時代錯誤感がある。
| 22.03.11
略奪美術品
第二次世界大戦中にナチスが強制的に奪った「略奪美術品」の一部が元の持ち主に返還される法案が、フランス議会で最近可決された。
ポンピドーセンターやオルセー美術館などに収蔵されていたグスタフ・クリムトやマルク・シャガールの絵画など15点が、本来の持ち主とされるユダヤ系の家族に戻されることになったそうだ。
フランスのロゼリン・バシュロ文化相は、美術品を奪われたままにしておくことは「本来の持ち主の人間性、記憶、思い出を否定するものだ」と述べ、法案可決を自画自賛したが、メトロポリタン美術館、J・ポール・ゲティ美術館、ルーブル美術館、大英博物館、フンボルト・フォーラムなど世界の巨大な美術館・博物館は苦虫を噛み潰したような様相でいるだろう。一部のコレクションの正当性について常に疑義があったからだ。
マクロン仏大統領の指示で作成された報告書によると、アフリカの文化財の約9割が欧州の博物館に保存されているという。しかしその多くは植民地時代に奪われたものであって、これまでも「旧植民地の文化財を守る」という論理だけで返還を拒否することの限界を呈していた。
マクロン大統領は2017年に「これ以上、アフリカの文化遺産を欧州の美術館・博物館の囚人のように収容しておくわけにはいかない」と宣言し、ナイジェリアに対し「ベニン・ブロンズ」と呼ばれる青銅彫刻の一部を返還している。
一方大英博物館はフランスよりもはるかに多くのベニン・ブロンズを保有しているが、返還について話し合うことすら拒んでいるという。英国をはじめとする欧州各国の植民地法では「拾った物は自分の物」とし、武力で奪い取った物であっても合法的所有権があるとされている。
ナチスがユダヤ人らの犠牲者から略奪した「略奪美術品」も、推定65万点になることがわかっている。世界の美術館が美術品収集に細心の注意を払う必要がある時代になったようだ。ナチスが略奪したものは元のオーナーに返還するが、植民地からの略奪美術品は返還しないというのは整合性に乏しい。
そのような中全面オープンを控えている「大エジプト博物館」が、世界中に散逸した古代エジプト王朝の美術品を本国に集め、高いレベルで保管しようという試みで注目されている。日本のODAの援助無しには出来なかった世界最大級、空前の規模の博物館の実現に、エジプト政府は日本の貢献をリスペクトし、作品キャプションにアラビア語、英語に加えて、日本語を採用したそうだ。
最近なかった胸のすくような?良い話だ。
| 22.03.04