trendseye
実験マインド
IEA(国際教育到達度評価学会)が進めている国際数学・理科教育動向調査(Trends in International Mathematics and Science Study)2019年版によると、日本の小学校低学年においては「理科は楽しい」と回答している児童が約9割で、国際平均を上回っているそうだ。
しかし高学年になるにつれて理科離れが目立つようになり、「実験が好きだった子」も実験後のレポートを書いたり考えたりするのが嫌で、中学生になると理科(論理的思考)が嫌いという生徒が一気に増えてしまうらしい。
知的好奇心が旺盛な時期に「実験マインド(疑問-仮設-実験-検証-分析)」の育成ができないと、論理的思考を構築するチャンスを失うことになる。
文部科学省も「課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力の重要性」を認識し、特に理科離れを止めるべく「観察・実験に関わる教員の指導力の育成が強化されるべき」としている。
ところが、オミクロン陽性者が爆発的に増え「蔓延防止等重点措置」の発効が全国に広がる1月19日、重症者が少ない事実だけを捉えて政府分科会の尾身茂会長は新型コロナウイルスの拡大について、「ステイホームは不要」「人流抑制ではなく人数制限がキーワード」と根拠無く?発言し、小池都知事も根拠を示さず反論している。この論争が象徴する非論理性に納得していないが逆らいもしない国民は、個人レベルの分析力が欠如しているようだ。
一方同じ1月19日、自身の行動では評判が悪い英国のボリス・ジョンソン首相が、イングランドでの新型コロナウイルス関連の規制緩和を発表した。必要な感染検査を全て施した上で、ブースター接種の進展や感染レベルの低下によって入院患者数の増加が収まり、重症者も少ないというデータなどを示し、同日をもって在宅勤務勧告の終了が適切であると伝えたのだ。
27日から大半の屋内施設でのマスク着用義務と、大規模イベント参加時のワクチン接種証明書や陰性証明の提示義務を解除することで、普段の生活を少しでも早く取り戻すことを目指すと発表した。
この決断の根拠には、これまでの感染状況調査やロックダウンの結果分析、さらには大規模イベントの開催実験など感染原因を分析する細かな「社会実験データ」がある。国民も首相の行動は批判しても、論理的政策は「納得」をもって受け入れている。
東西の彼我で真逆と言っていいほど対応が異なるとは見過ごせない。「実験マインド」が厚労省の役人の「メンツ」に潰される国は滅びるかもしれない。
| 22.01.28
愛国語
「冬季オリンピック 北京2022」(第二十四届冬季奥会)は2月4日スタート、開催は目前だ。春節(今年は2月1日から)と重なりさぞ盛り上がっているだろうと思いきや、西側諸国の外交的ボイコットと中国各都市のコロナ対策による強烈な都市封鎖などの逆風にさらされ、今ひとつ盛り上がりに欠ける。
2008年の北京夏季五輪では、中国は世界一の国に上り詰めようという凄い気迫を見せていた。英語の普及イコール国際化であると言わんばかりに、国中が英語学習熱で盛り上がっていたものだ。今回盛り上がらないのはコロナ対策の影響というより「愛国語」政策が国是として浸透、「脱英語化と中国語重視」が過ぎた結果ではないだろうか。
2017年8月に公布された「企業名称禁限用規則」により、「企業名は国家基準に準拠した漢字を使用する必要があり、外国語、外国文字、アラビア数字は使用できない」と規定された。2021年3月発効の「企業名称登記管理規定」でも「企業名は標準漢字を使用するものとする」と明記されている。
例えば中国最大の国有通信会社中国電信(チャイナ・テレコム)の営業所が北京の大型商業施設「建外SOHO」にあるが、その名称が「建外SOHO営業庁」から「建外捜候営業庁」に変更された。最大動画サイト「TikTok」の開発運営会社ByteDance社は「字節躍動」と表記され、中国本土版「抖音短視頻」と国際版「TikTok」の2種類を運営する。このような「愛国語」の推進がますます強められているのだ。
言語教育においても昨年の全人代開催と同時期に、「義務教育段階での英語など外国語教科を語文(中国語)や数学などと同等の主要教科から外し、音楽、体育、美術の三小科など情操教育教科の比率を増加させよ」、「英語など外国語を大学入試科目から除外し、義務教育段階での外国語民間試験の受験を禁止せよ」と強引な提言がされている。
80年前のどこかの国のようだ。中国共産党の過剰とも言える米国への対抗心が見え隠れする。
「一つの言語しか話さないのは、巨大な邸宅に住みながら、いつも同じ部屋の中だけに住むようなものだ。他の部屋に入るには鍵がいる。その鍵とは世界の色々な言葉のことなのだ」とは語学学校ベルリッツの創設者Maximilian Berlitzのことばだ。
東京2020開会式での選手団入場は何故か五十音順になっていて混乱した。今回の北京2022の選手団入場はどういう順序になるのだろうか?
興味津々だ。
| 22.01.21
KINTSUGI
UAEでドバイ万博が今年の3月31日まで開催されている。「Connecting Minds, Creating the Future (心をつなぎ、未来を創る)」 というテーマを受け、日本は伝統修復技法である“Kintsugi(金継ぎ)”の映像も紹介している。究極のグローバル化社会を体現する各国の中で、日本館は「器と人と伝統をつなぐ“金継ぎ”」の展示で異彩を放っているようだ。
“金継ぎ”とは欠けた器を漆で継ぎ、金などの金属粉で装飾を施して仕上げる日本の伝統的な修繕方法だ。始まりは室町時代頃とされ、中国や朝鮮半島から輸入された高価な陶磁器を修復する技術として確立してきた。傷跡をなかったことにするのでなく、漆技術の応用で金、銀、朱などを振ることで新しい器として生まれ返らせるところがユニークで、外国人にウケているようだ。
2015年にアメリカの人気インディーズロックバンドDeath Cab for Cutieがアルバム「KINTSUGI」を発売したことをきっかけに、Googleで「Kintsugi」の検索数が急増し世界で“金継ぎ”が認知されはじめた。
2017年春夏のパリコレでも、オランダのブランド「ヴィクター&ロルフ (VIKTOR & ROLF)」が明らかに“金継ぎ”からヒントを得た意匠のドレスで登場し注目を浴びた。
2019年にはカリフォルニアで女性2人によって「Kintsugi」という会社が創業されている。音声で心の健康状態を把握し、うつ病などの心の不調を早期に検知、ウェルビーイングを保つための行動につなげるヘルステック企業だ。「不完全なものの中に美を見出すこと」をテーマに、自分の欠点を受け入れ成長の中に美を見出せるような質の高いメンタルヘルスケアを広めることを目指す、哲学的とも言える会社で注目されている。
2020年、「国際平和デー」を前にしたニューヨークの国連本部における挨拶では、グテレス事務総長が「金継ぎ」に言及、「日本古来の伝統技法“金継ぎ”をすると、新品ではなくなるが新品より良くなる。分断され、ひびの入った世界にもこうした思いで向き合い、危機から抜け出し、より強くなろう」と述べている。
“金継ぎ”は物の物理的耐久性だけでなく、情緒的耐久性を上げるための手段ともなるのか。お気に入りのものが壊れても、金継ぎされることでかえって愛おしくなる。そうしたメンタル修復的な面でも大きな意味がありそうだ。
世界各国が目指す持続可能なSDGs社会に向けて、 “金継ぎ”の発想が哲学にまで昇華してきている?とは想定外だが面白い。
| 22.01.14
世界最高の国
米国の時事解説誌「U.S. News & World Report」が、「世界最高の国(Best Country)」ランキングを毎年発表している。2021年の1位はカナダだった。
日本は前年の3位からワンランクアップし2位、3位はドイツだ。その他気になる国では米国が6位、デンマーク12位、シンガポール14位、中国17位、ロシアが24位。日本の高順位と北欧4カ国が上位でないことに違和感を感じる人が多そうだ。
しかし「世界最高の国」ランキングはバランスが良いとされている。世界78カ国・地域の2万人以上を対象に調査、「冒険心」「市民の自由度」「文化的影響力」「起業家精神」「文化・歴史的遺産」「発動力」「ビジネスの開放度」「権力」「生活の質」の9つの指標に基づいて評価したもので、数字指標だけの統計結果ではない点も評価できる。
スコアリングに使用されるモデルは、ブランド影響力調査で力を持つBAVグループとペンシルベニア大学ウォートン・スクールのデビッド・ライブスタイン教授が、U.S. News & World Report誌と共同開発している。2021年度版は特にCOVID-19パンデミックによって変化した世界とその後の急激な景気後退、そして社会正義と不平等への取り組みを反映させるために、「敏捷性(Agility)」と「社会的目的(Social Purpose)」という2つの新しいサブランキングも設定されている。
これと対照的なのは国連の発表する「世界幸福度報告書」だ。こちらの2021年度版では日本はなんと56位である。上位国は手厚い社会保障、質の高い教育、ジェンダー平等などで先行する人口の少ない北欧諸国で、1位フィンランド、2位デンマーク、3位スイスとなる。カナダは21位、ドイツ13位、米国19位、アジアの雄シンガポールでさえ32位だ。
バブル経済崩壊後の日本は、「失われた30年」という自虐的表現で自国経済の衰退を嘆いた。あくまでも経済指標なのだが、1人当たりGDPや国民の平均年収などのランキングが気になり、勝手に日本は貧しくなったと感じてしまっている。経済が全てと考えていると視野狭窄に陥り、豊かさの本質を忘れがちだ。
例えば、伊勢神宮の式年遷宮を支える質の高い職人力を“単なる労働力”と見なさないような指標を採用したなら、失われた30年の評価はもっと変わってくるかもしれない。
日本国民に問われるのは、統計的な数字に頼らず「質を見極める眼力」であろう。
| 22.01.07