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入斂師(にゅうれんし)

日本で2008年に制作され、モントリオール世界映画祭グランプリ、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した滝田 洋二郎監督の『おくりびと』は、国内だけでなく海外での評価も高かった作品だ。
それから13年の月日を経て、中国で4K修復版「入斂師(Rùliàn shī)」として上映されたところ、10月29日から4週連続で興行収入ランキングトップ10入りし、日本映画としては異例のヒットを続けているという。
要因には日本を上回るスピードで進む高齢化と、年間死亡者数の凄まじい増加があるようだ。「2016年から2021年の中国葬儀サービス産業の市場運行及び発展趨勢研究報告」によると、中国の年間死亡者数は現在約1000万人と日本の約10倍。年々増加していることから、20年後には毎年2500万人に達するだろうと予測されている。
中国において「死」は歴史的に禁忌とされる。携帯電話の番号、車のナンバー、住宅の階数など、とにかく数字でも「4/四」を避ける風習がある。日本もその影響を受けているが、その度合いは圧倒的に中国の方が大きい。
現代中国において、高齢化のスピードに対応した「死」に関する文化の醸成や、教育などの社会制度の改革は待ったなしの状況にある。「尊厳のある死」、「人生の最後をどう過ごすべきか」などという社会問題への関心が、否応なしに高まってきているのだ。数年前からは、新しい時代に合う葬儀文化と礼儀は、故人の尊厳を保つだけでなく新たな価値観を見出す重要な文化活動の一環であると言われ始めている。
「死は終わりではなく新しい出発だ」。『おくりびと』が世界に発したメッセージは、中国の特に若者に伝わり、中国社会の死生観をも変えていく出発点となるかもしれない。
ところで最近メディアの訃報欄に、「葬儀は近親者だけで済ませました」「後日お別れの会を開きます」などの文言をよく見かける。親類や友人、会社の同僚、近所の人たちが式場に集まって故人を送る一般葬から、家族だけの家族葬へ、コロナ禍もあり葬儀簡素化への流れが止まらない。
背景には今一つ不明瞭な葬儀費用の問題もあるようだ。儀式やしきたりの簡素化といった考え方の変化とともに、決められた葬儀のスタイルに従うのではなく、明確なポリシーを持って葬儀に臨みたいという人が増えているのか。
白洲次郎が遺言に書いた「葬式無用、戒名不要」の世界観がここに来て新鮮な響きを持ってきた。

| 21.12.03

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