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野々市市
野々市市と聞いてピンとくる人は少ないだろう。東洋経済『都市データパック』編集部から毎年発表される「住みよさランキング2020」で、石川県野々市市が日本で最も住みやすい街に選ばれ、アフターコロナのニューノーマル到来を想定する中、今話題になっているのだ。
このランキングは同編集部が1993年から発表しているもので、全国812の自治体を対象に“住みよさ” を安心度、利便度、快適度、富裕度に分け、それぞれを構成する20の指標で偏差値を算出、その平均値を総合評価して順位付けをしている。あくまでも平均的国民の視点なので、特殊な富裕層が多い千代田区、中央区、港区等は除外されている。
野々市市は人口5万7千人ほどで金沢市西側の郊外に位置し、金沢工業大学や石川県立大学があるため、市民の平均年齢は40.7歳と全国で8番目に若い。しかも自治体としての人口密度が本州日本海側で一番高い。隣接する金沢市のベッドタウンとして新幹線金沢駅と小松空港に近いため、東京へのアクセスも予想外に良い町だ。
ランキングの2位は昨年に続き東京都文京区、
3位は25位から躍進した東京都武蔵野市で、共に有名大学や小中高等学校が多い町だ。全国10位までに石川県から野々市市(1位)、白山市(4位)、金沢市(7位)、小松市(8位)、能美市(10位)と5市が入ったことで、俄然北陸への関心が高まっている。
一方「生活ガイド.com」が集計する「住みたい街ランキング2020」では、横浜市がなんと15年連続で1位となっている。リクルート住まいカンパニーの「SUUMO住みたい街(駅)ランキング2020 関東版」でも3年連続1位だ。横浜市は東京の西側に隣接、港町のエキゾチックなイメージが一人歩きしている感もある。
面白いのは、「住みたい街」ランキングで高得点の横浜市だが「住みよさ」が担保されている訳ではないということだ。これはニューノーマルを考える上での注意点だ。
リモートワークが定着すると、無理をして都心近くに住む必要がなくなる。特に30代から40代の働き盛りのファミリーにとって、これまで通勤に時間を取られ家は戻ってくる場所でしかなかったが、ニューノーマルでの家は真に生活をする場所に変わっていくだろう。
横浜市のような「住みたい」イメージ先行の街は、「住みよさ」を手に入れるためにやらなくてはならないことが多そうだ。
もし野々市市のような成功例を横浜市や神戸市のような巨大衛星都市の変身に活かせるとしたら、それこそがアフターコロナのポジティブな側面だ。
| 20.06.26
典具貼紙
ほとんど透明なほどに薄い、世界でたった一社しか作ることのできない紙が、ルーブル美術館や大英博物館など世界的な文化財の修復現場から求められている。この世界一薄い紙は、「典具帖紙(てんぐじょうし)」と呼ばれる。
この紙は、高知県の「ひだか和紙有限会社」という小さな会社でつくられている。1平方メートル当たり僅か1.6グラムと軽く、“カゲロウの羽”と称されるほどだ。
ひだか和紙は1949年の創業当時から薄い紙を漉くことで有名だったが、この手漉きの技を機械化し、限りなく薄い和紙づくりに挑戦して来た。そして遂に世界一薄いといわれる「典具帖紙」を実現させ、世界の文化財修復技術を飛躍的に向上させた。
植物由来の天然繊維だけを原料に修復対象物に合わせた色で原料段階から染めることで、「典具帖紙」は世界で唯一無二の超高精度な和紙となり、デジタル化が加速するペーパレス社会にあって、現物の紙でなければ用をなさない究極の分野が厳然としてあることを世に知らしめている。当然高価である。
国連食糧農業機関(FAO)の統計によると、世界全体の紙・板紙生産量は、オフィスのペーパレス化で印刷・情報用紙と新聞用紙の生産量がこの5年間で14%減少する一方、巨大通販の成長で段ボール包装材が13%増え、生産量は横ばいだが当然その単価は下がり続けている。
IMD(International Institute for Management Development)が作成する最新の「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)」で、日本がその順位を更に落とし34位になったことを憂慮する記事が散見されるが、ものは考えようだ。
グローバル化は投資による合法的富の搾取であり、競争力のある国は多くの搾取を受けているとも言える。競争力ランキングが落ちるということは、逆に搾取のための投資マネーが寄ってこないということだ。
紙は紀元前2世紀ごろ中国で発明されたと言われているが、飛鳥時代に日本に伝わるとその品質は和紙として飛躍的に向上する。そして7-9世紀に遣唐使によって中国に逆輸出され、唐から世界に広がって高く評価された。
「典具帖紙」のような究極の製品は、グローバル化する世界のトレンドに真っ向から挑戦する商品だ。広く普及するわけではないので投資効率は悪い。
元来日本文化の中には「道」を極める美学がある。いたずらにグローバル化に頼ることなく究極の追求を繰り返し、世界で誰も真似ができない”異端”の技術が完成していく。
「典具帖紙」の事例は、グローバル化の魔の手から日本を守る道標となるのではないだろうか。
| 20.06.19
民度
麻生太郎副総理兼財務相の6月4日の参院財政金融委員会での「民度が違う」発言が、本人の意図を超えて話題になっている。時々ぶっ飛んだことを言う大臣だ。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて政府が4月7日に発出した緊急事態宣言に対し、「罰則のない外出自粛や休業要請など強制力を伴わない施策であったにもかかわらず、日本は結果として感染拡大抑制に効果を上げることができたのは何故か?」との外人記者の質問に対し、大臣は「この手の質問には、日本人が民度の高い国民であり、それ故の結果であり誇りに思う」と答えることにしていると答弁した。
しかし今に到るまで、日本のPCR検査数は先進国として極端に低く信憑性に欠けている。100万人あたりの死亡者数7人台は欧米諸国に比べると極端に低いが、アジア諸国では中間値だ。死亡率は統計方法で如何様にもなるので根拠に乏しい。
一方、日本の肺炎での年間死亡者数は厚労省の2018年統計で9万4000人と、思ったより多い数字だ。麻生大臣の発言があった6月4日現在の新型コロナの死亡者数は約900人だが、PCR検査外で単なる肺炎が死因とされてしまったケースも多数あると想像される。日本の新型コロナでの死亡者数は非常に誤解を招きやすい数字だ。
ところで面白い現象がある。2018年4月(日本語版は2019年1月)に発売されたハンス・ロスリング著「ファクトフルネス(FACTFULLNESS)」が、今年5月末時点で世界で約300万部というベストセラーになったが、このうち85万部(約28%)を日本で売ったというのだ。
この書は、世界には戦争や災害のバッドニュースが溢れ、多くの人が「状況がどんどん悪化している」と勘違いしていると警告する。格差が広がり、貧困に苦しむ人の数は増え続けていると考えがちだが、意外や真実ではないというのだ。何気ないニュースもデータを読み込んで事実を見よう、という啓蒙の書だ。
著者は感染症の専門家としてエボラ出血熱と戦い、アフリカ諸国を訪問して対処した経験があり、感染症と向き合うには人間の恐怖や焦りなどの本能を克服し、データを基に世界を見ることが最重要だと解いている。
ではなぜこの本が今、日本で人気なのか?
「ファクトフルネス」発売の2019年1月以降、「民度の高い?」国民が、やりたい放題の安倍内閣が出す政策や情報に納得できていないことを裏付けているのではないだろうか。
麻生大臣は欧米メディアの記者に日本の国民は理知的でレベルが高いのだと自慢したかったようだが、世界からは「新型コロナ感染に関して無策の政府が、国民の“民度”に救われた」と皮肉をもって解釈されていると捉えるべきだろう。
| 20.06.12
ぬか床
最近、「ぬか漬け始めました」「私もやってます!」「ぬか床買ってきたばかり!」などと、SNSで密かなぬか漬けブームが起きている。家庭でできる“ぬか漬けセット”の売れ行きも好評だそうだ。
2019年8月にエスビー食品株式会社が行った「発酵食品に対するアンケート調査」で、20代から60代の“8割近く”が「ぬか漬けに関心がある」と答えている。特に若い20~30代の男女でぬか漬けをやっている人は、その78%が最近1年以内に始めたという。
しかもSNSで「#ぬか女(じょ)」などのハッシュタグを付けて投稿する「ぬか漬け女子」「ぬか漬け男子」が増えており、「ぬか床」を「ぬか子」と名付け、驚くなかれ「ぬか床」に話しかける女性も登場するほどだ。
「ぬか床」はきちんと世話すれば美味しいお漬物という形で自分に返ってくる。世話のしがいがあり、そうするうちに仕事の悩みからも解放されていく。疑似家族のようなものとして捉え、ペットのように「ぬか床」にハマってしまうらしい。
ところで一般的にぬか漬けは「植物性乳酸菌による発酵食品」と思われているが、実はそんな単純な食べ物ではないようだ。
「ぬか床」を毎日 “素手“でかき混ぜることが肝心で、それが棲みついた常在菌の働きを引き出すらしい。乳酸菌だけではなく、酵母や人間世界のカンジタ系細菌類など多種多様な微生物が素手から入り、混じる。一種の「発酵エコシステム」が完成していくことで、「ぬか床」による独特の風味が生成されていくようだ。
それ故に、毎日かき混ぜ続けた「ぬか床」が「家ごとのぬか漬けの味」を作り、300年以上も受け継がれた由緒正しいお宝として伝承されたりする。日本には多様なぬか漬け文化が現代まで生き延びている。
一方、この「毎日かき混ぜる」という行為こそが「ぬか床」表面の好気性発酵を封じ込めるだいじな儀式だそうで、これにより「ぬか床」は腐らなくなる。日本の食文化の中には、微生物と人間の微妙な “共生”の成功例が既に構築されている。
新型コロナウイルスは感染が収束しても地球上から無くなることはない。PCR検査を積極的にやらない日本の感染防止策は理論的ではないが、PCR検査を積極的にやったアメリカやヨーロッパ諸国が封じ込めに成功したわけでもない。だれ一人として腑に落ちていないのだ。
日本の曖昧な感染防止策の背景には、素手で「ぬか床」をかき混ぜて雑菌の中で漬物を作る「ぬか床」文化があるのかも知れない。
アメリカ人が「ぬか床」の正体を知ったら、多分気絶するだろう。
| 20.06.05