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風の谷
宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」に描かれる世界には、30年以上も前に描かれたものとは思えないリアリティーを感じる。アフターコロナの今読み返すと、もしかするとこうなってしまうのかもしれないという世界の不安を言い当てていたことに驚く。
“火の7日間”の後、地球上のほとんどの空間は人が住めるところではなくなってしまった。文明が急速に発達しすぎて、バイオテクノロジーとロボティクスを組み合わせた巨神兵という破滅的な兵器が世界の殆どを焼き尽くしたのだ。
それから千年の月日が経ち、地球上は巨大な菌類に覆われた“腐海”という毒にまみれた極めて危険な空間になってしまっていた。腐海にはその毒性に耐えうる巨大な蟲(むし)たちだけが跋扈し、残された人類はその毒から逃れて限られた空間にひっそりと暮らしている。
そこに描かれる一つの心の原風景のような集落 “風の谷” は、腐海の風上にあって常に風が吹き込んでいるために毒に覆われない、人類が生きられる唯一の場所だ。正にアフターコロナの地球上で、三密を避けた場所そのものと重なってくる。
ふと現実を見渡すと、今注目されているのが、慶応義塾大学環境情報学部教授でヤフーのCSOでもある安宅和人氏が提唱した、「開疎化」というキーワードだ。
「開疎化」と「都市化」は対置される。近代社会は洋の東西を問わずもれなく「都市化」によって進化してきた。大都市には農村や貧しい国から常に若者や移民が流入し、そこには新しいコミュニティーや構造物、システム、ビジネスと文化が生まれて成長を遂げてきたのだ。
この流れが逆転するとは誰が考えただろうか?安宅氏はこれからの人の流れは大都市から外に向かうだろうという見解を示している。
更に「この新しい世界ではハコというものの役割と機能も再定義されないといけない」とし、「通気性の良い形に設計思想を変え、今までのビルは大幅なリノベーションが必要になるだろう」と言う。
「開疎」とは「開(open)×疎(sparse)」な空間、「隣人との一定の距離(social distance)」を置いた風通しのよい “風の谷”のようなイメージである。
それは単に都会に逆行して田舎へ向かうということではない。巨大都市近郊においても通勤に便利な私鉄駅前の住宅に価値がある時代は去り、“帰るための家” ではなく、リモート・ライフスタイルを持った、「風の谷」に “住むための家”が求められることになるのだろう。
| 20.05.29
STEM脳
帝国データバンクによると、日本の女性社長の数がこの30年間連続で増加しているそうだ。1989年に3万588人だったのが2019年には9万人を突破したとのこと。30年で6万人増えたといっても、未だ全体の7.9%に過ぎないのが現実だが。
女性起業家像も様変わりしている。かつてはネイルサロンやカフェなど美容関連や飲食業を小資本で始める「サロン事業」が多かったが、今はデジタルテクノロジーを生かしたAI事業や医療、農業など男性色が濃かった事業に参入する女性が増えている。しかも株式上場を目指すケースも珍しくないそうだ。
「会社の将来に向けて、どんな技能を身につけるべきか?」との問いに女性社長の多くが「STEMから始めよ」と答えているそうで興味深い。
「STEM」とは、Science・Technology・Engineering・Mathematicsの頭文字、科学・工学・技術・数学各分野を指す。リーダーは理論的に先を見通す力があってこそ初めて成功する、女性らしさを表に出すのではなく全員が納得する理論性を重視した経営が大事だと理解しているようだ。
今回のコロナ禍において、ニュージーランド、台湾、ドイツ、フィンランド、デンマークなど、未知のウイルスに対し理論的かつ冷静に対処した国のリーダーがみな女性だったことも偶然ではなさそうだ。
これらの女性リーダーは軒並み70-80%台の高い支持率を得ている。敵は見えないウイルスだけでなく国民の恐怖や不安、孤独という内なる感情でもある。人々の痛みを感じる想像力と、寄り添い、勇気づけ、励ます共感力が国民の心に響いたと言えないだろうか。
非常事態下には力強い男性リーダーのほうが向いているのではないかという錯覚もあるようだが、トランプ、習、プーチン、安倍はこの非常事態に理論性を欠く判断が多く、言動は国民の心とかけ離れ、みな討ち死に寸前である。
スタンフォード大学の報告は、最も成功するリーダー像は「男性的特質と女性的特質を上手に使い分けるカメレオンタイプ」であると結論づけている。ジェンダーの枠を超えて二つの特質をベストマッチさせたリーダーこそが成功するということらしい。
日本は適性・手腕とは無関係に、人を文系・理系とか男性・女性とかに分けて考えるステレオタイプ的風土があり、STEM脳とは馴染みにくい。
伝統的社会の仕組みが押し付けた偏見に満ちた男性中心の日本の政治だが、コロナ後の来たるべき“ニューノーマル”な社会には、STEM脳を持った真に包容力のあるジェンダーフリーなリーダーが求められるだろう。
| 20.05.22
植物工場
コンビニや機内食、外食チェーンなど規格化した食材が大量に必要な現場で、「植物工場」産の野菜が幅広く浸透してきた。農業は自然相手の産業ではなくなりつつあるようだ。
「植物工場」は光源にLEDを使い土に代わって水耕培養液を採用し、温度や湿度、日照に養分まですべてAIで管理し、季節を問わずに野菜を安定生産することができる。
「工場野菜の利用実態」について2017年に日本政策金融公庫が行なった意識調査によると、2009年には「購入したことがある」9.2%が2017年には21.4%に上昇、さらに広がっているようだ。
国内で5つの「植物工場」を展開するレスターホールディングスをはじめ、昨年参入した三菱ガス化学は、医薬品業界との関係を越え、レタスなどの葉野菜の生産能力でも日本最大級になると予想されている。
最近では培養液の成分調整で、ビタミンやミネラルなどの有用成分を高めた機能性野菜の安定供給も可能になってきているという。もはや「植物工場」は農業というより工業だ。
またここに来て、新型コロナウイルスによる感染症パンデミックを巡るワクチン開発で各国の激しい主導権争いが起こり、日本チームも植物由来で参戦。さらに「植物工場」が期待される事態となった。
抗ウイルス作用のあるインターフェロンは従来微生物由来で作られていたが、米国では既に完全密閉型植物工場で安定的に製造されるようになっており、遺伝子組み換えイチゴから抽出されるインターフェロンでペット用の歯肉炎軽減剤を作ることに成功。タバコの葉からはインフルエンザ、エボラ出血熱等のワクチン生成にも成功しているのだ。
原料を植物由来にすることで従来よりも設備・生産コストを削減し、事業としても完成度が上がってきている。
ワクチン開発にはこれら製薬会社に加え、米ジョンソン・エンド・ジョンソン等も参入する中で、完全に生産管理された「植物工場」は期待の星だ。
日本では田辺三菱製薬が、3月にカナダの子会社メディカゴでコロナウイルスと同形状の植物由来 タンパク質(VLP)の作製に成功したと発表した。これを用いたワクチンの検証も既に行われており、「順調に進めば、ヒトでの臨床試験を今年8月までに開始する」という。
一方、野菜に含まれる免疫誘導物質は腸管粘膜に直接届くため、現行の注射型ワクチンではできなかった粘膜免疫を誘導することが期待されており、近い将来“食べるワクチン”も現実になるかもしれない。
ウイルス感染症が地球上から無くなることはないが、正に「植物工場」が人類とウイルスとの共生を実現させることになるだろう。
| 20.05.15
あつ森
任天堂のゲームソフト『あつまれ どうぶつの森』(通称“あつ森”)の最新作が3月20日に発売され、折からのコロナ禍ステイホーム特需で世界的に売れている。同時にNetflixをはじめとした映画配信、音楽配信、或いはネットスーパーのようなネット宅配事業も飛躍的に伸びている。
「あつ森」発売3日間の国内売上本数は188万626本。Nintendo Switch向けソフトの歴代トップを上回る数字だ。その勢いは衰えず発売10日目で国内売上本数は260万本を突破、Switch本体の売り上げも押し上げているようだ。
「あつ森」で利用されるメタバース(Metaverse)という概念は、SF作家ニール・スティーヴンスン1992年の著作『スノウ・クラッシュ』の作中で、インターネット上の仮想三次元空間として初めて登場した。
メタバースの利用者はアバターと呼ばれる自分の分身を介して仮想空間に入ることで、その世界を探索し、他の利用者とのコミュニケーションを図り、さまざまなコンテンツを楽しむことができる。
同じくメタバースを利用したソフトとしては、リンデンラボ社による2003年の「セカンド・ライフ」や、アバターリアルティ社による2009年の「ブルー・マーズ」などがある。
そして何と言ってもジェームズ・キャメロン監督による2009年の映画「アバター」の大ヒットが、仮想世界と現実世界を交差させ、仮想現実世界の到来の可能性を飛躍的に感じさせたといえる。
「あつ森」の舞台はとある無人島。プレーヤーはたぬきちの新会社“たぬき開発”が企画する移住パッケージツアーに参加し、好きなキャラメイクをして自然あふれる無人島での生活をスタートする。やるべきことは、戦いの無い自分自身のための小さな楽しいバーチャル生活を作り平和に暮らすことだ。仮想現実世界では、思いのままの自己表現ができるのだ。
「あつ森』」は現在11言語に対応しており、コロナ禍で外出自粛を余儀なくされた世界中の人たちがこのソフトに飛びついたのは当然だろう。
人類は物理的肉体を持つがゆえに多くの制約を受ける。現実世界で人類が必要とするものは、究極的には人間の感性を掌る「脳と神経細胞」だけに特化するかも知れない。それは仮想現実世界を認識するために最低限必要な人間の機能だからだ。
「あつ森」は、数万年後の人類が現実世界での進化をやめ「仮想現実世界に於いて進化する」ことを示唆しているのかも知れない。魚が陸に上がったように?
| 20.05.08
シンビオシス
英国の哲学者ティモシー・モートンが、最近パブリックセクターやアーティスト、メディア、思想家などをつなぎ対話を促す「STRP festival 2020 (online)」というプラットフォームに寄稿したエッセー、「”共生”をもたらすウイルスに感謝(Thank Virus for “Symbiosis”)」が、やや挑発的ともとれるそのタイトルから話題になっている。
「人間中心主義」を見直し「人間、動物、モノ」の境界線を新たに問いなおすモートンの思索は、「Dark Ecology (2016)」に示されるが、篠原雅武訳『自然なきエコロジー』(2018以文社)でも読むことができる。
生物学では異種の生物が相互に関係を及ぼしながら生活することを「共生」と呼ぶ。世間では「敵」と見なされているウイルスに、あろうことか「感謝」を述べるモートンに対し読者はさっそく面食らうことになる。
奇しくも新型コロナウイルスの拡大が全世界の企業活動を停滞させ、数十億人を自宅にこもらせた結果、中国の湖北省からイタリア北部の工業地帯まで世界各地の大気汚染レベルが急激に低下し、晴天の日々をもたらしている。
特に世界最悪レベルの大気汚染に悩むインドの変化は著しく、大気汚染は瞬時に改善され、インド北部から数十年ぶりにヒマラヤ眺望が可能になったという。
WHOによれば、大気汚染に起因する肺がんや肺炎などの呼吸器疾患で、世界で年間700万人以上が死亡しているのが現実だという。
新型コロナウイルスは3ヶ月で21万人以上の犠牲者を出しているが、大気汚染による呼吸器疾患を持った人々が集中的に犠牲になっている。この事実は、パンデミック緩和後、世界の大気汚染に対する環境対策をより一層強化していく必要があることを示唆するものだ。
”Thank Virus for Symbiosis”においてモートンは、人類とウイルスという異種の生物が相互的に関係を及ぼし合う「共生」の世界観の認識がいかに大切かを説いたとも言える。
共生するウイルスに弱みを見せれば、即座に人類は生存を脅かされる。無知な政治家たちが「友敵」のレトリックを用いて描く世界観を遥かに超えるものだ。
実際には新型コロナウイルス(Covid-19)は、フランス大統領マクロンがそう呼んだように単純に「敵」として人間と対立しているわけではない。それは他の存在者と絡み合いながら「生態系」の一部を構成しているのだ。
ヒステリックに治療に消毒薬を注射しろと叫ぶ大統領や、出所不明の小さなマスクを配って事態を解決しようとする首相には、「ウイルスとの共生」という概念は永遠に理解できないかも知れない。
| 20.05.01