空気の底
手塚治虫の傑作短編シリーズ『空気の底 オリジナル版』が、2月21日に立東舎から発売された。作品が発表されてから50年余りも経過しているにも拘らず、見事に現代を切り取っていることに驚かされる。テーマが全く色あせていないのだ。
『空気の底』シリーズは、1968年から70年に『プレイコミック』誌に掲載された。SF、サスペンス、ホラーなどさまざまな手法を駆使して、人間たちの過酷な運命を描いた短編シリーズだ。
手塚治虫はこの頃40代初めで、いちばん辛い時期に作った作品ともいわれている。「空気の底=地球の表面」にへばりつき、私利私欲にまみれて生きる人間の業の深さと救いのなさ。それを経済発展の最中に、人間世界の矛盾を突きつつ「不条理」とは何かを描いている。
50年後の日本が、未だに米中露の戦略的拡大主義の狭間で、木の葉のように翻弄されていることを既に予想をしていたかの様だ。
タイトルにも使われた『ふたりは空気の底に』をちょっと紹介してみると、『水槽の中に毒を入れられたグッピーは、そこから逃げることができず、死を待つしかない。人類がそのような状況に陥ったとき、残された男女が取った行動は… 19××年、多発性核ミサイルの発射によって世界中に致死量のプルトニウムがばらまかれる。酸素、食糧、娯楽など生きていくうえで必要なものが供給されるユニット・カプセルがあって、そこに残された一組の男女がカプセルの中で成長していく。おそらく、地球に残された最後のカップルだろう。二人は、カプセル内の生活で十分に幸福だったが、あるとき外の世界を表現した映像に心惹かれ、外へ出てしまう。プルトニウムに汚染された空気の底で、二人は愛し合いながら死んでいく.....』
ここで描かれる光景は、「火の鳥 未来編」で山之辺マサトがひとり取り残される核戦争後の世界に通じる。
一方、時を同じくして2月27日発売の漫画誌「モーニング」に、人工知能(AI)に過去の手塚作品を学習させて生み出した新作漫画、「ぱいどん」前編が掲載されている。
「TEZUKA2020」というプロジェクトは、手塚の遺した膨大な作品をビッグデータ化し、今話題のキオクシア社の高速・大容量フラッシュメモリと先進のAI技術を駆使して、30年ぶりにAIに手塚作品を作らせようというものだ。
結果は、残念ながら現在のAIロボットには限界があることを知ることとなり、あくまでも人間とAIがコラボして描きだした作品というレベルだった。
AIが人間になれないとしたら、それは「不条理」を認識できないからだろう。
| 20.03.13