trendseye

落語復権

「落語には根っからの悪人は出てこない。泥棒であっても、人間誰しもが自分の中に持っている心情を強調したものとして存在している。そんな人間味にあふれた人々が、泣いたり笑ったり怒ったりするところに、落語の魅力があるのではないでしょうか」と、2015年に亡くなった落語家・人間国宝の桂米朝が語っていた。
平成の今、江戸時代以来の「落語ブーム」が巻き起こっている。首都圏の落語会は月1000回以上と10年前の倍、深夜寄席には長い行列ができ、20-30代のファンが急増、個性派若手ユニット「成金」ら新世代の成長が著しい。落語本来の「大衆性」を取り戻そうと、言葉使いを変え、SNSを駆使し、カフェの出張落語会まで仕掛ける奮闘ぶりだ。デジタル文化隆盛の中、若者たちが落語特有のライブ感や世界観に共感しているのだ。
今回火が付くきっかけになったのは、人気と実力を兼ね備えた立川談春が師匠談志の下での修業時代をつづったエッセー「赤めだか」の2時間ドラマや、漫画が原作のテレビアニメ「昭和元禄落語心中」(http://rakugo-shinju-anime.jp/)のオンエアだといわれる。今年1月31日には、落語協会が都内の寄席3軒に呼びかけて「昭和元禄落語心中寄席」が実現した。アニメに絡めた落語を特集し、チケットは発売から10日で完売した上、普段の寄席とはまったく違う若い客層が来場したそうだ。
舞台装置もなにもないところに、演者の言葉だけで、観客が想像力で噺の世界を描く。いたってシンプルな笑いの芸、だが奥は深い。「落語は人間の業の肯定である」故・立川談志の言葉だ。落語には数々の「ダメな人」「失敗した人」たちが登場する。家賃をため込んでもまったく気にしない熊さん、八っつぁん。人はいいけれど放蕩が止まらない若旦那。のんきで楽天的だが何をやっても失敗ばかりする与太郎。しかし落語では彼らを否定することなく、「まぁ、人間こんなもんだ。」と受け止める。聞き手は「マヌケだなぁ」と呆れつつ、時には登場人物に己を重ね、まとめて笑い飛ばす心地よさを楽しむのだ。
SNSで繋がってはいても、生のコミュニケーションが希薄な時代。「ご隠居さん、こんちわー」「おや、八っつぁんかい。まあまあ、お上がり」という会話で始まる落語は、緊密な人間関係をベースに喜怒哀楽を織り込み、庶民の心のひだに優しく寄り添うトランキライザーのようなものかも知れない。
落語復権は、グローバル化の名の下に常に拡大進化を続けなくてはならない社会に対してのアンチテーゼなのだろう。

| 17.05.19

CATEGORY

  • BOOM
  • FOOD&RESTAURANT
  • LIVING&INTERIOR
  • SCIENCE&TECH
  • TRAVEL
  • TREND SPACE
ART BOX CORP.