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マイナンバー漂流
10月から日本人および日本に永住権を持つ全ての外国人に割り当てられる『マイナンバー(社会保障と税の共通番号)』(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/)の通知が始まる。
今更と思う人も多いだろうが、これまで日本人ほど身分証明に無関心な国民はいなかったのかもしれない。一般的に日本人はIDカード或いは身分証明書を持っていない。通常本人確認を求められる場面では、運転免許書や健康保険証、年金手帳をもって代用してきた。しかも後の2つは写真無しだ。これで良いのか?と感じた人は多いだろう。いくらでも「なりすませた」からだ。
今回の『マイナンバー』導入で、生まれたときから亡くなるまで「一人1番号」を付されることになるそうだが、日本人が急に変われるのだろうか?
発行される個人番号カードは、表面に氏名、住所、生年月日、性別と顔写真、裏面に『マイナンバー』が記載され、海外主要国で言うところのIDカードにもなる。一方で社会保障、税、災害対策の分野が保有する個人情報と紐づけられる為、政府・自治体にとっては税金の収納率アップ、社会保障の不正受給防止などを視野に入れているのだろう。
これで、IDカード後進国と言われた日本が突然先進国?になるようだ。しかし、世界のトレンドはむしろ統合されない情報管理に向かっているというから皮肉だ。本当に大丈夫なのか?
政府系機関からの情報漏洩は後を絶たない。例えば、今年5月、日本年金機構の125万件の個人情報流出事件後、基礎年金番号を新しい番号に変更するために、9月から新しい年金手帳を送付し始めたそうだ。凄いコストだが、いくら制度が整っていてもその運用が不適当であれば情報流出は止まらない。
今回、総務省は個人番号カードの番号が見えないように目隠し?するカードケースを配布する方針を決めたらしい。カードを身分証明書としてさまざまな場面で提示する機会があるため、情報流出の危険性は数限りなくあると言える。しかし統合管理するということは、運用者が不適切であれば、芋づる式に全ての情報が流出することを意味する。
住基ネットも完備できないまま、税還付のお土産を付けないと普及させることが出来ないマイナンバー制度は、このまま行くとセキュリティーの脆弱さから日の目を見ずに漂流してしまうかもしれない。
| 15.09.25
自然地名
防災意識の高まりから、自分たちの住む土地がいざという時安全かどうかを知っておきたいという声が、最近多く聞かれるようになってきた。
「・・・わたくしどもの先祖は、こうした地形の観察を実に丹念にかつ、的確に捉えて、その土地のクセを実にうまく地名として表現しており、それをわたしどもは、“自然地名”と呼んで、その地名を子々孫々に伝えて、今日に至っている。それは危険を示唆していて、危険予知の生活の知恵ともいえる。」 建設省で災害検査官として20年近く携わってきた小川豊氏は、1986年に出版された自身の著『災害と地名―語りつがれる危険予知』(山海堂)の中で、このように地名の重要性を訴え、災害に関係する地名の由来や意味を解説している。
昨年8月に広島北部を襲った大規模な土砂災害では、旧来の地名が災害と結び付けられ話題となった。そこの旧地名は「蛇落地(字)」、蛇が落ちてくる場所という名前で、蛇の「巳」は「水」に通じ、古くから土石流の通り道であったことが察せられるというのだ。しかしこうした旧地名は嫌われる事が多く、本来危険な地域であっても、新たにつけられた「八木地区」などという地名では先祖の警告が消されていることが多い。
今年4月、タモリがナビゲーターを務めるNHKの人気番組「ブラタモリ」が3年ぶりに復活した。「ブラタモリ」(http://www.nhk.or.jp/buratamori/)は、タモリが古地図を手に都会を散策し、街角で発見したちょっとした痕跡や、不思議な地形から、隠された街の歴史やエピソードを紹介していくというものだ。好評の理由は、地形に着目した視点だ。「高低差のないところになんの興味もなし」と言い切るタモリは、自らを“ダンサー”と称するほどの“段差オタク”、段差を見ればその街の成り立ちもわかるという。そして段差が地名の由来になっていることも多い。
日本全土、どこにいても何らかの自然災害を受ける可能性がごく普通にあると感じていながら、現実には心の準備ができないまま巻き込まれてしまう。せめて原発の場所や住んでいる土地の成り立ちを知っていれば、被害を最小限に食い止められるのではないだろうか。
自然地名は、その地域特有の地形や土質、また災害の履歴などを後世に伝える大切な「 証拠」であり「文化財」である。気軽に地名を変えるものではない。
| 15.09.18
言語人口
2014年米国におけるスペイン語人口は5200万人となりメキシコに次ぎ世界2位に浮上した、とスペインに本部がある「Instituto Cervantes」(http://www.cervantes.es/default.htm)が発表した。
世界人口70億人中、スペイン語を母国語とする人は4億人、第二外国語としている人を含めると5億人に達すると言われている。スペインの総人口が4770万人、コロンビアが4620万人なのに対し、米国でスペイン語のネイティブスピーカー人口は約4100万人、バイリンガル人口は約1160万人で、2050年までには1億3280万人に達し、メキシコを上回る世界最多になるだろうと予想されている。インターネットで使われる言語を見ても、スペイン語は中国語、英語に次ぐ第3位、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアでは、英語に次いで2位となっている。スペイン語人口の増加と広がりは、スペイン文化圏の存在感がますます高まっていることを示していると言える。
翻って日本語はどうだろう。日本語を母国語とする人口は世界9位の1億2000万人で日本の人口とほぼイコール、日本語が世界にいかに浸透していないかを示している。国力は国籍人口だけでなく言語人口も大事なバロメーターとなる。今後少子高齢化による人口減少が進み、日本語人口も国力もさらに減少するだろう。
しかしその一方で、最近海外の日本語学習者は増えてきている。国際交流基金の『海外の日本語教育の現状 2012年度日本語教育機関調査』によると、日本語学習者数は3,985,669人(2009 年度比9.2% 増)、日本語教育機関数は16,046(同7.5% 増)、日本語教師数は63,805人(同28.1% 増)だった。日本語学習の目的で最も数値が高いのは「日本語そのものへの興味」(62.2%)、「日本語でのコミュニケーション」(55.5%)、「マンガ・アニメ・J-P0P 等が好きだから」(54.0%)と続く。 ビジネスなど実利的な目的を、日本についての知識・文化面での興味が上回る結果となっているのだ。
シリア難民の受け入れを先進諸国が続々と表明する中、未だ移民すら受け入れない日本は、G7の一員として肩身が狭い。移民が出身国の言語を使える英国や米国と違い、植民地政策で失敗した日本は、まず国内が多言語化されていない。たとえ移民を受け入れても、移民自身の苦労が相当大きい国なのだ。言語人口の力は、世界でのその国の発言力に直結するとわかっているなら、海外での日本語普及や国内での多言語化システム作りをもっと戦略的にやっていかなければならない。インバウンド観光客が少し増えたと喜んでいる場合ではないだろう。
| 15.09.11
アフロハーフ
高校スポーツの世界で、アフリカ系日本人(アフロハーフ)の選手たちがこぞって注目を集めている。
先日、世界陸上男子200メートル予選で、日本史上最年少出場となったサニブラウン・アブデル・ハキーム(城西高2年)は、100メートル銀のガトリンに次ぐ2位(20秒35)で準決勝に進んだ。このスプリンターの父はガーナ人、また、この夏の甲子園を沸かせたオコエ瑠偉(関東第一3年)と女子バレー日本代表の宮部藍梨(金蘭会高2年)の父はナイジェリア人、ラグビー日本代表の松島幸太朗(22・サントリー)の父はジンバブエ出身だ。さらに、男子バスケットの日本代表に選ばれた八村塁(明成高3年)は父がベナン出身、オリックスのドラフト2位ルーキー宗佑磨内野手の父はギニア人という具合だ。
アフリカ系の選手たちが持つ運動能力の高さは多くの人が認めるところだ。運動生理学的に見ても瞬発系競技は先天的に黒人が有利だという。例えば、足を引っ張り上げるときに使う陸上選手の腸腰筋(大腰筋・腸骨筋)を比較すると、日本人はアフリカ系選手の半分だという。アフリカ系ハーフの日本人選手たちの活躍に触発されて、今後また新たな選手が出てくるだろう。彼らが2020年の東京オリンピックの成否を大きく左右する存在になる可能性は十分にある。
また、先日「2015ミス・ユニバース・ジャパン」に選ばれた宮本エリアナも、長崎県佐世保市生まれ、アフリカ系米国人の父を持つ日本人だ。3月の日本大会でグランプリに選ばれたが、肌の色から「彼女は日本人じゃない」という心ない視線が向けられた。今回のミス・ユニバースは“日本人”とは何かを日本人自らに突きつけていたようで面白い。時を同じくして、国立遺伝学研究所(http://www.nig.ac.jp/nig/ja/)と東京大学の共同チームが、アイヌ人や日本列島本土人の遺伝情報を解析した結果、遺伝子配列の違いから、縄文人の血が濃いと見られるアイヌ人と弥生人の子孫とされる渡来人の混血は7世紀に始まった、と推定する研究結果を発表した。
日本列島は、大陸とつながっていた1万年以上前から東西南北各方面から違う人種が入り込み混血したことで知られているが、アフリカ大陸からの移民は非常に少なかったと思われる。7世紀以降の混血は列島内を中心に行われ、今や単一民族と見間違う程均一な血になっているが、新しい日本の活力は、今、アフロハーフの血にこそあるのではないだろうか?
| 15.09.04